ルルーシュは、危機に陥っていた。 黒の騎士団だとかブリタニアだとかの「ゼロ」としての危機ではなく、「ルルーシュ」個人としての、小さな、けれどややこしい危機だ。 「こんなところで何してるの?今授業中だよね、あっまた何かのお祭り?」 「あ、あぁ…まぁ、…そんなところだ」 そう、今日も今日とてあの会長の突発的思いつきにルルーシュは巻き込まれていた。いや、巻き込まれるだけならまだいい。今回は騒動の中心に据え置かれてしまったのだ。 一時間、逃げ続けろ。それが今のルルーシュの使命であり、役割だった。一時間という会長にしては短めな時間設定は、ルルーシュの運動能力に対する配慮である。プライドの高いルルーシュのことだ。普段ならば馬鹿にするなそれくらい頭でカバーしてみせるくらいは言っただろうが、今回ばかりはその配慮に感謝したいくらいだった。何故かと言えば今回の勝利者へのご褒美もといルルーシュの罰ゲームは何としても逃げ切りたい最悪なものだったからだ。 「それで?今日は何のお祭り?」 「お、おにごっこ、みたいなものだ」 間違ったことは言っていない。人数は逆転しているが、逃げる追われるの関係だけ見れば似たようなものだ。こんな木の生い茂った場所に逃げ込んだのを考えると、かくれんぼとも言えるかもしれないが。 「へぇ…あ、ルルーシュ、肩に葉っぱついてる」 「あ…あぁ、すまない、ありが、…」 無我夢中で走っていたからだろうか。肩に乗っていた葉をスザクが軽く叩いて落とす。ありがとう、と言いかけて、言葉が途切れた。その瞬間、思い出してしまったからだ。今自分は逃亡中だということ。そして、時間が短い代わりに「触れた」だけで捕まえたことになる、というルールを。 「さて…じゃあ僕も参加していいかな?おにごっこ」 参加するどころか今おまえが終わらせた。 そんなことは知る由もないスザクは、鬼は誰なの?どういうルールでやってるの?と、にこやかに問う。 ルルーシュは焦っていた。スザクの声がきちんと耳に届かぬほど。だって、今回の罰ゲームは。 『ぎゅーしてちゅーよ!』 『ぎ…!?』 『そう、今から一時間以内にルルーシュを捕まえられたら、ルルーシュをぎゅーしてちゅーできる権利を差し上げまーす!』 『会長!さすがにそれは…ッ』 『だぁいじょうぶよルルーシュ、ちゃんと“口は禁止”にしてあげるからっ』 ほんの数十分前に聞いた、語尾にハートマークがついていそうな弾んだミレイの声が、ルルーシュの頭に響いた。逃げ切るつもりだった。逃げ切れると思っていた。けれどルルーシュは捕まった。何にも知らない、無邪気な善意によって。 するのか、ぎゅーしてちゅー。スザクと。ぎゅーして、ちゅー。スザクが、俺が、おれ、に。スザク、が、 「―――――っ!」 心臓が跳ね上がって、止まらない。このまま焼け焦げてしまうのではないかと思うくらい、身体が熱い。どうしてこうなったのか、ルルーシュにはわかっていた。けれど認めたくはなくて、それを打ち消すために脳内でたくさんのことを考えていた。ナナリーのこと、黒の騎士団のこと、ゼロのこと、―――。しかしスザクの声が、その全てを破壊した。 「ルルーシュ?」 呼ぶな!…そう叫んでしまいたかったのに、喉が乾いて、声も掠れて、できなかった。ただ近付いて来るスザクから少しでも離れるために後退りすることが、ルルーシュにできる精一杯だった。 「ルルーシュ、どうしたの…大丈夫?」 心底不安そうにスザクが言った。ルルーシュにはその問いに答える余裕すらなかった。呼ばれるたび、見つめられるたび、膨れ上がる何かを押さえるために必死で。 あぁ、でも本当はわかっている。逃げられはしないこと。頭のいいルルーシュの、その予測はおそらく外れない。 ルルーシュの身体はなおも後退を続け、丁度左足の踵で小石を踏みつける。ずるりと靴と石の擦れる音がして、くらりと視界が、世界が歪んだ。そうして倒れかけたルルーシュを、スザクは抱き留めるだろう。 そしてルルーシュは知るのだ。 スザクが欲しかった。 親友として、ナナリーの騎士として、…家族として。 でも、嘘だろう、 これが、恋だなんて! |