夜が来る
 
これで、きっと全てが終わる、はずだったのに。
 

 
 
 
 
 
目の前には、ただの豪華なマンションにしか見えない、組織に雇われた契約者たちの住まいがあり、その目と鼻の先に組織本部―――これもただのビルにしか見えない―――がある。そのビルの、道路を挟んで真向かいに位置するパーキングに車を止め、スメラギは車内から刹那へ連絡を取った。
 
「聞こえる?刹那」
『…あぁ、』
「通信の状態は良好みたいね、今度はそっちからティエリアにお願い」
 
わかった、という刹那の声のあと、カチリ、と切り替えるような音が聞こえ、通信が途絶えると、すぐにティエリアの無線機が反応する。
 
『ティエリア』
「刹那、観測霊は」
『今着いた』
「部屋の詳細を、できるだけ詳しく」
 
ビルの地下三階。幅二メートルほどの広い廊下の一番奥。ドアの前に見張りが四人。そのドアを潜ると、正面に大きな画面、目的のコンピュータ。ドール三体で管理している。ドールは皆幼い女。短い銀髪。部屋の中には他に何もない。
 
ティエリアの指示通り、刹那が観測霊によって得た情報を細かく伝えていく。いくら何でも、全く知らない場所に移動するのは難しい。絶対にその場所に辿り着くためには、見取り図だけでは補えない部屋の詳細部分が必要なのだ。
 
「…了解、…次はロックオンに」
 
先ほどのように音が切れ、瞬間、ロックオンに通信が入った。が、会話する間を与えず、ティエリアはロックオンの受信機の電源を切ってしまった。
 
「おいおい…」
「…行くぞ」
 
そして一言、冷たくそう言うと、目的の部屋へ飛ぶための準備を開始する。スメラギは戸惑いもなくティエリアの手を取り、己の片手をロックオンへと差し出した。ロックオンがその手に触れた直後、ランセルノプト放射光が、三人を包んだ。
 
 
 
 
 
次の瞬間、目の前にあったのは、壁一面の大きな画面と、少しの隙間もなくキーを叩き続ける、三人のドールの姿だった。
 
「無事に着いたみたいね、」
 
スメラギが安心したように呟く。けれど、それでもドールたちは何も反応しなかった。あまり丁寧なプログラムをされていないのだろう。
 
「ティエリア、手伝って、…ロックオンは見張りをお願い」
 
その言葉に無言を返し、ティエリアは素早くドールたちを気絶させると、代わりに画面の前に立った。スメラギもその隣に立ち、何やら作業を始める。出る幕のないロックオンは言われた通り“見張り”をするため、二人に背を向け、神経を尖らせる。
 
そんなロックオンの足元を、ふわふわと青白い光が踊った。観測霊だ。
 
「…刹那?」
 
それに気づき、小さく呼びかけると、肯定するように観測霊が揺れる。その様にふわりと口元を綻ばせ、ロックオンは再び前を向いた。
 
 
 
それから数分間。部屋の中には、スメラギとティエリアがキーを打つ、小さな電子音ばかりが響いていた。ドアの外で見張りをしている者たちは、部屋の中で起きていることに全く気づかず、時折外の様子を見に行く刹那の観測霊の姿すら捕らえることができなかった。
 
このまま上手くいくと、皆が感じ始めていたころ、その期待を鼓膜を突き破るような警報の音が切り裂いた。
 
「…ッちょっと弄り過ぎたみたいね、大丈夫、もう終わったわ」
 
異変を感じ取ったコンピュータが、自ら警報を作動させたらしい。その警報によって、今まで面白いくらい異常に気づかなかった見張りの四人が、外と内とを隔てていたドアを、開いてしまった。
 
「侵入者を発見!応援を…」
 
どうやら四人とも契約者らしい。瞳孔が赤く光っていた。そのうちの一人が無線でどこかへ連絡を入れたが、残念ながらその言葉は途中で途切れた。呻き声すら上げられず、四人全員が床へと倒れこむ。…ロックオンによって作り変えられた空気が、鋭く彼らを襲ったのだ。その背後で、ティエリアもランセルノプト放射光を身に纏っていた。
 
「ロックオン!」
 
呼ばれて振り返れば、スメラギがこの部屋へきたときのように、手を差し伸べていた。彼女の身体は半分以上ティエリアのランセルノプト放射光に包まれていて、いつでも飛べる状態に近いようだった。
 
ロックオンはその手を取ろうと、…帰らなければ、と。手を伸ばした。
 
 
 
けれど、彼の手は、どこにも届かずに空を切った。
 
 
 
眼前から二人が消失したのを見届けながら、そのとき彼が感じられたのは、久しく聞いていなかった弾丸の弾ける音と、己の身を貫く、痛みと衝撃。
 
そして、零れ落ちていく―――血の、匂い。