「さて、自己紹介が済んだところで、明日の話をするわね」 スメラギがぱんっと一度手を打って言う。 「明日…?」 「明日、あの組織に乗り込みたいの」 不思議そうに聞き返した刹那に、スメラギは苦笑して答えた。途端、刹那は表情を曇らせ、不安そうに俯いてしまう。 乗り込むということは、戦わなければならないということ。“普通”を、“平穏”を望む今の刹那にとって、それはひどく恐ろしいことだった。 「殺し合いに行くわけじゃないわ、…全部忘れてもらうために行くのよ」 そんな刹那を慰めるように、優しい声でスメラギが言う。その言葉に刹那は俯けていた顔を上げると、まだ困惑した瞳ではあったが、しっかりとスメラギを見た。 「刹那もロックオンもみんなが欲しがっちゃうような逸材でしょ? だから、組織内のコンピュータから二人のデータを消しに行くの」 つまり、組織から情報が漏れて、また狙われるようでは二人とも安心できない。組織も二人を他に奪われないよう、その存在を隠してきた。二人の情報が組織の中で機密として扱われ、留まっている間にそれらを消してしまおうということらしい。 「もちろん、二人のことを知っている人間の、頭の中も、ね」 「そう!苦労して手に入れた、ME技術で!」 スメラギの言葉に付け足すように、クリスティナが自慢げに言う。 ME技術とは、記憶を消したり、記憶を奪ってドールに植えつけたりと、記憶を操ることのできる、地獄門内部で見つかった新技術のことだ。 ME技術を扱う組織は多々あるが、元々一般人やドールに使われることが多く、人間の多いこの場所にはME技術は伝わっていなかったらしい。クリスティナの言葉から察するに、今回のために急遽用意したのだろう。 「それじゃ、明日の計画内容を詳しく説明するわ、よく聞いて」 よく通る、真剣な声で、スメラギが言った。 計画の説明は、ほんの十分ほどで終わった。内部へ突入するのは、ロックオンとスメラギ、それからティエリアの三人。刹那とアレルヤは外で待機。観測霊を飛ばし、繋いだ無線で内部に侵入する三人に状況を報告。全てが終わったら、ティエリアの能力で脱出し、帰還する、とのことだ。 それが終わると、緊迫した空気はすぐに消え去った。スメラギが、刹那が帰ってきたことと、ロックオンが加わったことのお祝いをしようと言い出したからだ。 いくら何でも、とロックオンは思ったが、ここの人間たちはスメラギの提案を受け入れて、素早く準備をはじめた。 そんなわけで始まった戦闘前夜の即席パーティーは、ただ騒いで食事をするだけの、パーティーとも言い難いものだった。 もしかしたらこれは、緊張する自分たちを誤魔化すための、気を紛らわせるためのものなのかもしれない、と主役のはずが放っておかれたままのロックオンは思った。 壁に寄りかかる彼の隣には、刹那がいる。しかしいろいろあって疲れたのだろう、今にも眠ってしまいそうに頭をぐらつかせていた。 少しして、ついに、こてんとロックオンの肩に頭を預け、刹那が静かな寝息をたて始めた、そんなときだった。 騒ぐ中心のほうからティエリアがやってきて、ロックオンの前で立ち止まった。また嫌味のひとつでも言われるのかと思いながら、ロックオンはティエリアを見やった。が。 「…この子を不幸にしたら許さない」 ティエリアは、きつくロックオンを睨みながらも、そう言った。目を見開き、絶句したロックオンを無視して、ティエリアはすたすたとその場を去ってしまう。 ティエリアが扉の向こうへ消えたあと、ロックオンは目を伏せ、長く長く息を吐いた。それは感嘆であり、歓心であり、驚きであった。 嫌われていた。とても深く、深く。その原因は、刹那だった。そして、許した理由も、恐らく刹那だ。刹那が許したなら、刹那が許すなら、自分が何を言っても仕方ない。そう思って、きっと。 「………、」 ここには、人がたくさんいるのだと思った。契約者であってもドールであっても、きちんと心を持った“人”が。 肩に寄りかかる刹那の髪を撫でながら、明日戦いが始まるというのに騒がしい皆を眺め、ひとりロックオンは小さく微笑んだ。 今はまだ誰も、その笑顔の意味を、―――知らない。 |