un known
 
嵐は突然、やってきました。
 

 
 
 
 
 
ふたりがこのアパートに姿を潜めてから、もう二週間が経とうとしていた。その間ふたりは、まるで普通の人間のように生活し、このまま戦うことを忘れてしまえるのではないかと思っていた。
 
けれど、そんな甘い生活は、突然の来訪者によって崩される。
 
 
 
 
 
朝、キッチンに立つロックオンの隣に、刹那はいた。
 
「刹那、味見」
「ん、…」
 
ロックオンの声が合図だったかのように、刹那が口を大きく開けると、そこに煮物の具を放り込まれる。それをもぐもぐと咀嚼して、刹那はロックオンを見上げた。
 
「おいし、い、」
 
そのとき、ふ、と目が合って、見つめ合ってしまった。それだけなら何ともなかったのだが、刹那が照れたように顔を背けたので、ロックオンは無意識のうちに刹那の頬に指を滑らせた。ロックオンは、その感覚に固まって抵抗もできない刹那に、引き寄せられるようにキスをする。
 
「―――っ…」
 
こういうことに慣れていない刹那は、顔を真赤に染めて、俯いてしまった。その姿にロックオンが小さく笑みを零した、その瞬間。
 
バタンッとドアの開く音がした。
 
「刹那…!」
 
そう叫びながら、部屋の中へ飛び込んできたのは、ロックオンには見覚えのない紫の髪の少年だった。
 
「ティ…エリア…」
 
誰だとロックオンが問う前に、刹那の震える声が部屋に響いた。
 
「………っ」
 
ティエリア、と呼ばれた少年は、感極まった様子で刹那を抱き寄せ、その存在を確かめるように髪を撫でた。
 
そして刹那を抱きしめたまま、呆然としているロックオンを鋭く睨みつけた。
 
「…まずは礼を言う、刹那をあそこから連れ出してくれて、アリガトウ」
 
明らかに本気でそう思っていない表情と声色に、ロックオンは苦笑を返す。正直、嘘の感謝より自己紹介をして欲しかった。刹那が許しているので、怪しい人物ではないのだろうが。
 
「だが、あなたのせいで計画がめちゃくちゃだ」
 
いや、そんなことを言われても。そんな台詞が喉元まで出かかったが、必死でそれを呑み込んで、ロックオンは笑顔―――といっても苦笑―――を保ち続けた。
 
その態度が更にティエリアを怒らせたのか、表情が更に険しくなった。そうしてようやく刹那の身体を離すと、その肩を掴んで、詰め寄る。
 
「理解できない、どうしてだ刹那、どうしてこんな男に、」
「はい、そこまで!」
 
何も言えず、刹那は困惑した表情を浮かべる。するとそこに、新たな声が割り込んだ。
 
「ティエリア、今のは刹那にも彼にも失礼だよ」
 
突然現れた黒髪の男に言われ、ティエリアは、ふいっと顔を背けてしまう。その態度に溜息を吐いてから、アレルヤはロックオンの方へ目をやった。
 
「すみません、僕はアレルヤ、この子はティエリアといいます」
 
にこやかに言う男、アレルヤは少なくともティエリアよりはロックオンに友好的なようだ。それに少し安堵し、ロックオンは問う。
 
「…それで、用件は?」
 
その声に、アレルヤは笑みを消して、真剣な表情と声で、言った。
 
「刹那とあなたを、保護したいんです」
「保護…」
「組織はこの場所のことを既に知っています」
「………ッ」
 
刹那が、びくりと身体を震わせる。ロックオンはそれをある程度予想していたようだったが、それでもその表情は暗く沈んだ。
 
「ここに乗り込んでくるのも時間の問題、
 相手の能力によっては、あなたも負ける可能性が大いにある」
 
それでは困るんです。アレルヤの声がまた少し低くなる。ロックオンはそれを真正面から受け止めて、思った。
 
わかっている。自分が倒されるわけにはいかない。もしも相手に敗れたら、刹那は。
 
「ロックオン…」
 
くっ、とロックオンの袖を引っ張り、不安そうに名を呼ぶ刹那を安心させるように微笑んで、ロックオンはアレルヤに向き直った。
 
「わかった、こっちにとっても有難い話だからな、…でも一つ、聞いていいか」
「どうぞ」
「おまえらは、何者なんだ」
 
ロックオンの言葉に、アレルヤは、んー、と唸るような声を出して、難しい顔をする。いろいろと複雑な関係なのだろうか、いい言葉が見つからないらしい。
 
「えーと…刹那の、家族みたいなもの、かな」
 
困ったような笑顔で、アレルヤは曖昧に言った。するとそれに続く形で、ティエリアが口を開いた。
 
「詳しいことはまたあとで、今はとりあえずここを離れたい」
「そうだね、全部話してたら長くなるし、…そろそろ出ようか」
 
アレルヤが頷く。何も知らないロックオンと、二人と親しい仲ではあっても今回のことについては聞かされていない刹那は、二人の決定に従うしかない。
 
「刹那、」
 
手を差し伸べられ、呼ばれて、慣れた様子で刹那はティエリアの手をとる。アレルヤもその反対の手を握っている。何をするのかとロックオンが眺めていると、ティエリアの瞳孔が赤く光った。…彼も、契約者だったのだ。だとすれば、これから何が起こるのかは予想できる。恐らく能力を使って目的地まで飛ぶのだろう。
 
「…本当は、あなたは置いていきたいんですけどね」
「ティエリア、」
「すみません、隠し事は得意じゃないんです」
「…悪いなー」
 
刹那からロックオンへ目線を移し、刺々しい口調で言うティエリアを宥めるようにアレルヤが名を呼ぶと、ティエリアも形だけの謝罪の言葉を口にする。が、それにも嫌味が含まれており、ロックオンは再び苦笑を零して、逆に謝ってしまった。
 
「刹那の手でいいので、触っていてもらえますか」
 
言われた通りに塞がっていない方の刹那の手と自分の手を繋ぐと、瞬間、ティエリアの身体がランセルノプト放射光に彩られた。それは刹那やアレルヤに伝染するように移っていき、最後にはロックオンの身体をも包んだ。
 
そうしてその光が部屋に満ち切ると、次の瞬間には、四人の姿は消え失せていた。