今の夜空は、偽者なのだという。ひとつひとつが契約者の存在の証。契約者が生まれれば星も生まれ、契約者が死ねば星も流れる。この空のどこかに、彼の星も輝いている。 世界が豹変した。今まで狙う側だった彼らが、大きな組織相手にたったふたりで立ち向かわねばならなくなった。己の望んだ、選んだ道だと言われればそれまでだが、人を殺さなければいけない世界に生き続けろというのも、今の彼らには酷な話だ。そもそもこんな世界が悪いのだと、投げやりな考えが頭を過ぎるのも、仕方ないだろう。 組織から逃げてきて三日。二人は示し合わせたように契約者、ドール、組織に絡む会話を一度もしなかった。そんな余裕がなかったというのもある。彼らは三日間、ほとんど眠らずに追っ手から逃げ続けた。組織の者が引き上げていったのは昨夜のことで、それから何とか安いアパートを借り、部屋へ着いたのは先ほどのことだ。 狭い部屋の片隅、壁に寄り掛かりながらロックオンは呟いた。 「戻れると思うか、人間に」 「…戻りたいのか」 「さぁ、どうだろうな…ただ、」 「………?」 言葉を区切って、ロックオンは刹那の方へ目を向ける。 「おまえと普通に、生きてみたい」 どこか痛々しい笑みで、ロックオンは言った。まるでそれが、絶対に叶わないことを知っているかのように。 「………ッ」 刹那はその瞬間、息が止まるような思いがした。きっとこれが恐ろしいというものなのだと、頭の隅で考えながら、ロックオンに背を向けて、バタバタと部屋を出る。何かが何かを締め付ける。痛い、苦しい、と思った。逃げたい、と。 しかし外に辿り着いても、何も消えなかった。空だったはずの心が埋め尽くされて、行き場をなくした感情が渦巻く。吐き出そうとしても、愚かなねがいごとを願う先の星は、もうない。瞬くのは偽者で、誰かの力など、借りようがないのだ。 「―――ッ…」 おれもあんたといきたい。それでも紡いだ声は掠れて、音にすらならなかった。 「…刹那」 どのくらい、土の上にうずくまっていたかわからない。ロックオンのその声が響くまで、刹那は微動だにせずそこにいた。 「刹那」 二度目の声でようやくゆっくりと刹那が振り向く。その瞳は微かに潤み、契約者の星たちの光を映して、きらきらと輝いていた。 ロックオンは苦笑すると、刹那の傍らに膝を折り、すっかり冷たくなってしまった頬に指先を滑らせる。少しも警戒せずに見上げてくる刹那の白さに罪悪感を覚えながらも、ロックオンはその唇に己のそれを重ねた。 「……ん…ッ」 びく、と刹那の身体が跳ねる。少しだけ怖かった。けれど、それでも拒めなかった。これは対価ではないと、わかっていたのに。いや、対価ではないとわかっていたからこそ、拒むどころか、縋るように刹那の細い腕はロックオンの背に伸びて、震える指先が彼の着ているシャツを捕らえて離さなかった。 「…ふ、…ぁ…」 長い口づけが終わると、名を呼ぶ余裕すらないほどにきつく抱きしめられた。その腕の中で、刹那はとうとう泣き出しながら、ゆっくりと目を閉じ、想った。 刹那の願いを叶えてくれる、たったひとりの星のことを。 |