死など望んだことはなかった。生きなければ、戦い続けなければならないような気がしたから。けれど、今。死が甘やかなものに思えて仕方ないのは。 きっと。 「…ロックオン…」 掠れた声は、もう誰にも届かない。 もう少し休んだほうがいいと言って、ティエリアは医務室を出た。傍にいても何ができるわけでもない。傍にいても、彼は救われない。そしてティエリア自身も、崩れいく刹那を目の当たりにして、耐えられるかどうか自信がなかった。 壊れた世界を知っている。刹那の、あの子の色のない瞳を知っている。光の宿らない暗さを知っている。ティエリアは、ただそれだけが怖かった。刹那がまた、あのころに戻っていってしまうのが、ただ怖かった。 「あんな男、本当に置いてくればよかった…っ」 忌々しげに、ティエリアは低い声を吐きだす。刹那に求められることがどういうことなのか、それを受け入れたことがどういうことなのか。あれは何もわかっていなかった。何も知らずに勝手に逝った。刹那を残して、刹那を残して! ティエリアはふらふらと、今にも倒れそうな足取りで呆然とただ廊下を歩む。崩れようとしているのは刹那だけではなく、ティエリアもまた、同じかもしれなかった。けれど。 「ティエリア、」 「………っ!」 「こんなところにいたんだ、…捜したよ」 優しい笑みと声で、アレルヤが前方から歩いてくる。いつもならばその声に素直に返事をするところだったが、今日のティエリアは普段通りのリアクションをすることができず、その場に立ち止まった。 その様子から、アレルヤは何かを察したらしく、笑みを消してティエリアから少し離れた場所で足を止めた。 「…変なこと、考えてる?」 ティエリアは、何も答えなかった。それは、何よりの肯定だった。 「ティエリア、僕たちには刹那をわかることなんてできないよ」 アレルヤには、ティエリアの心が手に取るようにわかった。同じ立場に立ち、同じ心境になって、そうして解決の糸口が見えたなら、と。それは、アレルヤの心にも一瞬過った考え。そしてすぐに打ち消した考え。そのティエリアの無謀で優しい願いを理解して、その上でアレルヤはそれを否定する。 「わかってもきっと救えない、今のあの子を救えるのは―――」 「ッわかっている!」 顔を俯かせたままで、ティエリアはぎり、と歯を食いしばった。わかっている。理解しているのだ、そんなことは。けれど割り切れない。ティエリアはもう、人の心を育ててしまった。感情という、どうにもならないものを抱えてしまった。 それに、理解しているからこそどうしていいのか戸惑うのだ。刹那を救える唯一は、もうここにはいないのだから。 「そんな顔しないで、まだ諦めるには早いよ」 暗い表情のティエリアを慰めるように、アレルヤは艶やかな紫の髪を優しく撫でた。その行動にやっと軽く顔を上げると、ティエリアは疑うような視線をアレルヤに向ける。ティエリアの疑問に答えるべく、アレルヤは穏やかな微笑みを浮かべた。 「ロックオンが消息不明になった時刻から今まで、流れた星はゼロ、だよ」 |