それは、ある撮影日の、休憩時間の出来事。 「おうさま、げーむ…?」 休憩に入ったばかりの刹那は目の前に突き出された七本の棒を不思議そうに見つめて、はじめて聞く単語に首を傾げた。 「そう、王様ゲーム!」 刹那に話しかけた人物―――クリスティナはにっこりと笑い、上機嫌な様子で答える。どうやら彼女は、刹那が王様ゲームを知らないとは思っていないらしい。 しかし隣にいたスメラギはそのことに気づいたらしく、クリスティナの持つ棒を指差しながら言った。 「これにね、一から六までの数字と、王って字が書いてあるの」 引いたのが王なら、自分が王様となり、数字で誰かを指名して、命令をすることができること。指名する人数が複数でも構わないこと。ただし、あまり過酷な命令は禁止ということ。 簡単なルール説明を聞き、そのことについては理解した刹那だったが、それと同時に生まれた疑問を、目の前の二人にぶつける。 「それで…王様ゲーム、が、どうかしたのか?」 「やらない?みんなで!」 「今、から…?」 「うん!やるよね、ね!」 嫌だと言っても聞いてくれなさそうなクリスティナの勢いに、刹那は思わずこくりと頷いてしまう。 「ほらみんな!やるって!」 するとクリスティナはとても嬉しそうに、部屋にいる全員、アレルヤ、ティエリア、ロックオン、フェルト、スメラギ、リヒテンダールの六人に向かってそう言った。どうやら、刹那がいいと言えばやるということで、話がまとまっていたようだ。 そうして始まった王様ゲームは、最初はそれなりに楽しく面白く進んでいった。一回目の王様はスメラギで、命令は「監督にタメ口」。指名されたのは三番で、リヒテンダールだった。二回目はアレルヤが王様となり、六番、フェルトを指名した。命令は「親に電話」。 問題は、クリスティナが王様となった、三回目で起きた。 「じゃあ…一番と―――…」 クリスティナがうきうきとした様子で言いかけた瞬間。びくんっ、と肩を震わせ、思わず反応してしまった人物がいた。 ―――刹那だ。それによって彼が“一番”であることがわかってしまい、クリスティナはにやりと怪しげな笑みを浮かべる。 最初は当たり障りのない、適当な命令をするつもりだったのだが、一人が刹那であるとわかった今、それではつまらない、と刹那をからかいたい、という悪戯心がひょこりと顔を出して、おさまらなくなってしまったのだ。 「じゃあ、一番と二番が、キス!」 固まっていた時間を溶かし、再び凍らせたのは、クリスティナのそんな明るい声だった。 「キッ…!?」 「あ、もちろん口と口で、ねっ」 顔を真赤に染め上げてうろたえる刹那に、クリスティナがさらに追い討ちをかける。 「一番は刹那だよね、じゃあ二番のひとー!」 そして二番が誰なのか挙手するように促す。しかし、皆楽しそうに笑うばかりで、自分が二番だと名乗ろうとはしなかった。このままクリスティナが撤回しないようなら皆助けに入るつもりだったし、クリスティナ自身もさすがにまだ十六の刹那に本気でそんなことを強要しようとは思っていなかった…のだが。 「…刹那、」 「っ―――!」 …皆、忘れていた。刹那のこととなると何故か暴走する、普段はとても頼もしい、彼のことを。 いつかの酒の一件の夜のような、少し低めの声で刹那の目線を自分に向けさせたロックオンは、戸惑う様子もなく刹那の唇に己のそれを重ねた。瞬間目を大きく見開いた刹那は、自分の身に起こっていることを受け止めきれなかったのか、そのまま固まってしまった。 と、そこへ。 「すみませーん、次刹那とロックオンのシーンいきますー」 「今行きます、…行くぞ刹那」 「え、あ…あ、…」 部屋の中のことなど知らないスタッフの声がドアの向こうから聞こえる。何事もなかったかのようにロックオンはそれに答え、刹那の手を引いて出て行く。まだ現実に追いつけていない刹那は、その力に流されるままだった。 「…ッごめん、刹那…!」 クリスティナが悲痛な面持ちで幼い背中に謝ったが、それが彼に届いていたかどうか定かではなく、彼女の―――いや、その場にいたもの全ての心配通り、その後の撮影で刹那はNGの海に溺れたという。 余談ではあるが、クリスティナの命令時、ロックオンが手にしていた数字は二番ではなく、五番であったらしい。 |