嘘のような話
 
一人のはずが二人いて、死んだはずのひとが生きている。
 

 
 
 
 
 
「00」というドラマがある。そのアニメのような内容もだが、役者の名前をそのまま役名に使っていることが話題を呼び、大成功を収めた。数時間前に最終回の収録が終わり、今彼らはある店の個室を五部屋も借り、打ち上げ中だ。
 
こちらは作中でソレスタルビーイングメンバーを演じる成人組の部屋である。
 
「かんぱーいっ」
 
スメラギはビールのなみなみ注がれたジョッキを高々と持ち上げて、ひとり叫んだ。顔は赤らみ、声はいつもより弾んでいる。…完全に酔っていた。
 
「もーっスメラギさん飲み過ぎですよ!」
 
何杯目ですかそれ!クリスティナがスメラギの身体と周りの迷惑を考えてそう注意するが、スメラギは全く聞き入れず…というか多分右から左に流れて言葉を理解できていないのだろう、へらへらと笑うばかりだった。
 
「スメラギさんっ」
「まぁまぁいいじゃん、今日は特別なんだし」
「リヒティはいいわよ、スメラギさんの家と逆方向なんだからっ」
 
家が近いという理由から毎回毎回べろべろに酔っ払ったスメラギを引きずって帰っているクリスティナは、止めに入ったリヒテンダールを睨み付けた。
 
女の、特に惚れた女の睨みは恐ろしい。リヒテンダールはそれ以上何も言うことができず、ただただ苦笑した。
 
「じゃあロックオンに頼めばいいんじゃないかな?」
 
そんなリヒテンダールを見て、助け船を出すように穏やかにアレルヤが言った。ロックオンもクリスティナほどではないにしろ、スメラギの家付近に住んでいる。クリスティナも一瞬表情を明るくする。が。
 
「そりゃあ駄目だ、奴だって一応男なんだぜ?」
「ハレルヤ…」
「…確かに」
「ティエリア、ここは納得するとこじゃないよ…」
 
クリスティナがアレルヤの言葉にそれもそうだと重荷を下ろし、上機嫌になるまえにハレルヤが割って入った。ティエリアまでもが頷いてしまったので、クリスティナは大きな溜め息と共にぼやいた。
 
「そうよね…ロックオンが豹変しないとは限らないのよね…」
「おいおい、俺はそんなに非道じゃねぇぞ」
 
その声の方向に皆が顔を向けると、グラスを片手に入り口のドアに寄りかかっていたのは、今話題になっていたロックオン本人だった。
 
「ロックオン、刹那たちはいいの?」
「二人ともとっくに夢の中、それにおやっさんがさっき来たから」
 
未成年である刹那とフェルトは隣の部屋に隔離されていた。さすがに二人にさせておくわけにはいかないので、ロックオンが一緒にいたのだが、他の仕事のため遅れていたイアンと代わり、こちらへ来たらしい。
 
「イアンさん来たの?じゃあ挨拶しないと…」
「じゃーみんなでいきましょー!」
「皆で行ったら迷惑じゃないですか?」
「気にしない気にしなーい!ほらっロックオンも!」
「いや、俺は挨拶してきたんで…」
 
アレルヤやロックオンの言葉を全く聞かず、スメラギはビールジョッキを持ったまま立ち上がり、クリスティナの手を引く。ティエリアもそれに続くように歩き出し、アレルヤもハレルヤを引っ張って出て行った。その後をリヒテンダールとラッセが追い、最後に溜息を吐きつつロックオンがドアを潜った。
 
 
 
 
 
「イアンさん、お疲れ様でしたー」
「おーお疲れ、どうした、勢揃いで」
「スメラギさんが皆で行くーって…」
「大変だなぁ、クリスも」
「ホント、大変です、これじゃあ二部屋貰った意味ないじゃないですか」
 
苦笑しながらクリスティナが答えると、イアンは違いない、と笑った。確かにこれでは意味がない。スメラギは挨拶という目的を忘れてしまっているし、ハレルヤもグラスに酒を注いで、そのままこちらに居座りそうな勢いだ。他のメンバーも立っているままというわけにもいかないのでとりあえず座り始めた。
 
そんな中、ロックオンがふと部屋の片隅に目を向けるとフェルトと二人並んで寝ていたはずの刹那が起き上がっているのが見えた。
 
「刹那、起きたんですね」
「あぁ、さっきちょっと部屋を離れたんだが、帰ってきたときには起きてたな」
「そうですか…」
 
イアンの返答にそう返しながら、ロックオンはどこか変だと思った。軽く俯いていて表情は見えないが、その顔はどこか赤く、すすり泣くような刹那の声が、騒ぐスメラギの声の隙間に時折聞こえる。まさかな、と思いつつ、ロックオンは刹那に近づき、問う。
 
「刹那?どうした?」
 
ロックオンの声に刹那はびくっと方を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。
 
「刹那…?」
 
刹那は完全に泣いていた。瞳は涙に潤み、頬に雫の通った痕が幾筋もできている。ロックオンは驚きで声を失い、涙の理由を問う前に、刹那は途切れ途切れに声を紡いだ。
 
「さ、最終回で大変なときに…NG連発して…ご…ごめんなさ…っ」
 
瞬間、場が凍りついた。役より多少柔らかい程度で、刹那の性格はこんなふうではなかったはずだ。だとすれば、これは。
 
「せつ…な…?」
「ろっくお…おれ…主人公降ろされたら…どうしよう…!」
 
恐る恐る刹那の名を呼んだロックオンに、刹那が泣きつく。微かにアルコールの匂いがした。…酒だ。酔っている。
 
「…誰だ」
 
刹那に酒を飲ませたのは誰だ、とひとりごとのような低い声が再び場を凍らせる。基本的に穏やかで、笑っていて、怒るときにも優しさを覗かせるロックオンの新たな一面に、誰も何も言えなかった。
 
「豹変、したね…」
「あぁ…だがこの様子じゃ、」
「スメラギさん送らせても、大丈夫かもね…」
 
犯人がこの場にいる人物ではないことは彼にもわかっているだろうに、静かに激怒するロックオンの背後で、アレルヤとティエリアが小さく呟く。色々な意味でスキャンダルになりかねない事態に、二人仲良く溜息を吐いた。