フェイク
 
こんなものが、恋や愛の類であるものか。
 

 
 
 
 
 
どうしてこんなことになったのだろう、どうしてこんなことになっているのだろう。刹那は、背中にシーツの冷たさを感じながら、見開いた瞳が乾いていくのを感じながら、あまり上手く動かない頭で必死に考えた。
 
ここはロックオンの部屋で、自分はミッションの打ち合わせでこの部屋にきて、それから。…それから。自分の目の前にいるのは、自分に影を落としているのは、部屋の主であるロックオン自身で。
 
「刹那、」
「………っ」
 
降ってくる口づけに、思考を掻き乱される。目の前の何もかもが白く霞んでいくようで、数分前のことだというのに、記憶を探れなくなる。だんだんと深く、長くなっていくキスのせいで、刹那の囚われた両手は、力をなくしていった。
 
そのことに気づいたのか、ロックオンは刹那の手を解放すると、耳元で小さく、すきだ、と囁いた。その言葉に刹那は再び記憶を辿りだす。そう、そうだ。先ほどもこの言葉を聞いて、抱きしめられて、その後少しの間、放っておかれて―――。もしかしたらその空白が最後の逃げ道だったのかもしれない。けれど、今更そんなことを理解しても、もう遅い。
 
「…ずるい大人でごめんな?」
 
本音を、嘘のように語る声。それがとても腹立たしく、何か酷い言葉で罵ってやりたかった。けれど荒い息が吐き出されるだけの唇はもう刹那の自由にはならなかった。
 
酷い人間のふりをするロックオンをそれ以上見ていたくなくて、刹那はぎゅ、と目を瞑った。直後、ふ、と笑った気配がして、本当に殴れるものなら殴ってやりたい気分になる。
 
けれど、力の抜けきった両腕ではそれも叶わない。もう捕らえられてはいないのに、それは刹那のものではないように重く、ぴくりとも動かなかった。
 
「―――――ッ」
 
抵抗できない刹那を嘲笑うように、ロックオンの唇は無防備な首筋に辿りつき、薄い皮膚をきつく吸い上げる。微かな痛みと共に、そこには小さな赤が散った。
 
それから徐々に降下を始めた唇と肌の上を滑る掌の感覚に、上がりそうな声を奥歯を噛み締めて耐えながら、刹那は襲い来る熱に絶望していた。
 
あぁ、でも、だって。拒む、理由など―――…。
 
 
 
 
 
てのひらが、少し震えていたかもしれないと、ロックオンは気を失った刹那の寝顔を見つめながら、思った。
 
当たり前だ。怖かっただろう。けれど、時折与えた行為の隙間にさえ、嫌だとは言わなかった。やめるつもりだった。もしも、一度でも恐怖に塗れた声で、嫌だと、やめてくれと、聞けたなら。やめる、つもり、で。
 
「………ッ」
 
果たして、―――本当に、そうだっただろうか。
 
逃げてくれ。逃げないでくれ。そのどちらも真実のはずで、せめぎあう二つの感情が、己の中に濁流を作っていた。自分で自分の行く末を決め兼ねて、逃げ道を完全に塞いで強引に奪うことなど簡単だったのに、それでも中途半端に逃げ道をちらつかせて、幼い心に選択を迫った。
 
刹那が自分を受け入れてしまうであろうことなど、簡単に予想できたこと。拒絶を求めるふりをして、悪人を演じる善人の皮を被って。
 
つまり、そう、自分は。そうまでして、己で埋め尽くしたかったのだ。ただ奪い去ろうとしていた。この白を、染めてしまいたかった。そんな、刃物のような欲望を、とうとう今日、彼に向けた。そして、…許されてしまった。
 
「刹那、」
 
愛しげに名前を呼べば、それはとても優しい声色で響いた。けれど、ロックオンの表情は歪んでいく。湧き上がる何かが彼の口元を吊り上げさせ、笑みを模る。
 
すきだ、と小さく呟いてみても、それが偽りにしか聞こえなくて、もうそんなところは過ぎてしまったのだということを知った。あたたかいだけの感情で彼を想えなくなったこのてのひらが、少しだけ、憎かった。