おわりのうた
 
あなたがいるなら、ふたりでいるなら、楽園はここにある。
 

 
 
 
 
 
彼が眠る場所へ続く、ありふれた街の歩道。
 
刹那は、金曜日になると必ず、花束を抱えてその道を歩く。目の前で失った、救うことのできなかった大切な命へ、捧げるための花束を。できるだけ鮮やかな色合いで仕上げてもらったそれは、墓前に供えるには少々派手にも思えた。けれど、彼にはそれくらいで丁度いいとも思えた。もしも叶うなら、刹那は彼に、優しくて明るいばかりの世界を見せてやりたかったから。
 
戦いは、二年前に終わった。それから刹那はソレスタルビーイングの仲間たちと別れ、ひとりロックオンの、…ニールの墓の近くに部屋を借りた。
 
「おはよう、…ニール」
 
当然、冷たい十字の下に彼はいない。それでも刹那は墓の前に立つと、様々なことを話した。昔過ごすことのできなかった穏やかな時間を、夢を、叶えるように。
 
 
 
 
 
気づけば、一時間近く刹那はそうしていた。
 
そろそろ帰ろうかと刹那が思い始めたとき、ザッザッという土の擦れる足音が近づくのが聞こえた。思わずそちらのほうへ目を向けると、二年間ほとんど会うことがなかったからだろうか、かつての彼とどこか雰囲気の違うライルがそこに立っていた。
 
「…あんたも墓参りか?」
 
ライルは答えなかった。ただ刹那を見つめるだけだ。
 
「ライル…?」
 
どこか様子のおかしいライルに、軽く首をかしげ、声をかける。するとライルは、俯けていた顔を上げ、刹那の手を強い力で引っ張ると、強引に腕の中へ閉じ込めた。
 
「!」
 
抵抗こそしなかったものの、刹那は眉を顰め、あからさまに嫌そうな顔をした。しかし、しっかりと刹那を抱きしめているライルに、それが見えるはずもない。いや、見えていたとしてもこの様子では、刹那を解放することはなかっただろう。
 
「どうしたんだ、何か…ッ!」
 
事の理由と詳細を問おうとした声は、ライルに阻まれ、消えた。あまりの衝撃に、刹那は抗うことも忘れてただただ目を見開いた。
 
「っん…ゃ…ッ」
 
共に戦った仲間で、ニールの弟だからこそ、刹那はライルのキスが嫌で仕方なかった。双子だと、キスの仕方まで似るのだろうか。忌々しい。
 
ライルと刹那は断じてこんなことをするような関係ではなかった。ライルには愛した女性がいたし、姿形だけでライルに靡くほど、刹那の心は簡単でも、軽くもなかった。刹那の“ロックオン”は、最後まで“ニール”だけだったのだ。
 
「………ッ!」
 
刹那は躊躇せずライルの舌を噛み、その痛みに動揺したライルの腕から逃れると、数歩後ずさって距離をとった。そのまま、苛立ちを隠し切れない表情で言葉を紡ぐ。
 
「どういうつもりだ…っ」
 
ぎっ、と鋭く睨みつける刹那の瞳を真正面から受け止め、ライルは言葉を探すように、選ぶように目線を彷徨わせた。そして長い沈黙のあと、たった一言、静かに。
 
「…刹那、」
 
そう、呼んだ。
 
その声に、刹那は凍りついた。瞳が自然と見開かれ、唇が震える。穏やかに、柔らかく。そんなふうに、呼ばれた記憶はある。けれどその相手は、ライルではない。ライルはそんな声で刹那を呼ばない。同じ声でも、違う。…彼だけだ。こんなふうに刹那を呼ぶのは、彼だけだ。
 
まさか、そんなはずはないと、脳が否定しても、心が期待するのを止められなかった。
 
「ニ、…ル…?」
 
刹那も、呼ぶ。取り戻せるはずのない、応えてくれるはずのない彼の名前を。
 
「…ニー、ル…?」
 
震える声で、途切れる声で、確かめ、問う呼びかけ。目の前の男は、驚くほど優しく、微笑んでみせた。
 
「―――っ!」
 
それは、明らかな肯定だった。刹那に衝撃と戸惑いが押し寄せる。同時に込み上げてくるのは確かな喜び。けれど、でも、どうして。
 
「…悪かった、刹那」
 
説明は、謝罪からはじまった。